概 要 |
短期記憶が弱い知的障害の生徒が,手順書を用いることによって,指示された仕事や作業を最後までやり遂げられるようにする。
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諸検査結果 |
太田のStage\x{2162}-2 WISC-\x{2162}(VIQ=56,PIQ=44,FIQ=45) (VC=61,PO=<50,FD=62,PS=55)
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障害の特性 |
短期記憶が弱いために,作業の途中で何をするべきか忘れてしまうことや,どこまで作業をしていたのか忘れてしまうことがある。また,一度できるようになっていたことを,忘れてしまうこともある。
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長期目標 |
手順書やメモの使い方を理解し,作業や仕事を最後まですることができる。
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短期目標 |
手順書やメモを用いて作業や仕事を仕上げることができる。
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指導目標(標的行動とこれを選んだ理由) |
標的行動:手順書をとばさずに見て掃除ができる。 撰んだ理由:対象生徒は,清掃場面だけでなく,日常の様々な活動場面において,順序よく最後まで作業を行うことができにくく,一つの段階をとばして作業を終えていたり,するべき作業を見落としていたりすることがある。また,今までの学習において,手順書をとばして作業を行う場面が見られた。そこで,今回は特に清掃場面を取り上げ,手順書の使い方を理解し正しく用いられるようにしたい。その結果,他の活動においても手順書を用いて順序よく仕事ができるようになり,卒業後の生活や仕事の場面においても役立つであろうと考えられる。
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指導目標に関する対象児の実態(ベースライン) |
指示された作業や,日常の自分の分担している仕事については,前向きに取り組もうとする。しかし,段階をとばしたり,指示されている作業を見落としたりしても,そのまま次に進もうとするところがある。
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指導手続 |
【ベースライン】 ・チェック欄のない手順書を使う。 【指導手続き(1)】 ・チェック欄のある手順書を使う。 \x{2460}1日分ずつ記入できる10項目の手順書を準備する。 \x{2461}1日目に手順書の内容(清掃場所,清掃方法)の説明を行い,簡単にモデルを示す。合わせて,1項目の仕事が終わったらチェック表に印を付けることや,印の付け方を教える。 \x{2462}確認後は,手順書を図書室の入り口に掲示する。
\x{2463}2日目からは,自分で手順書を確認しながら清掃を行い,1項目できる度にできたところをチェックする。この時,チェックをとばして次の項目に移ろうとした場合は,プロンプトを出す。チェックは,一日分ずつ記入できる用紙を準備しておく。 \x{2464}本事例における作業終了は,生徒が判断することとして,作業の仕上がり具合については,今回は問わないものとする。 \x{2465}清掃終了後,きちんとチェックができた項目について,できたことを賞賛する。できなかった項目については,できなかった理由を考えるとともに,次回がんばることを確認する。 【指導手続き(2)】 \x{2460}項目〈3〉〜〈5〉までの3つについて,どのように清掃を行うのかを再度口頭で説明する。 \x{2461}再説明は,手続き(2)を開始する前日と,清掃直前のみとして,以後は行わないこととする。 【指導手続き(3)】 \x{2460}指導手続き(2)で再説明した3項目を項目〈7〉〜〈9〉に変更し、項目(6)〜(9)は繰り下げにする。 \x{2461}変更があったことについて,指導手続き(3)の開始1日目に説明を行う。 \x{2462}2日目以後の説明は,行わない。 【指導手続き(4)】 \x{2460}汚れていなくて,しなくて良いと思った項目については,斜線を入れることを説明した。
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教材教具など |
清掃の手順書 チェック表 記録用紙(教師用)
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達成基準 |
手順書の10項目全てにおいて,1項目ずつ確認しながら(1項目ずつチェックしながら)作業ができる日が5日連続で続く。
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記録の取り方(般化場面と指導場面) |
【指導場面】 ○図書室の清掃場面 プロンプトなしで次の仕事をしたか(○),プロンプトが必要であったか(×)を記録する。 「プロンプトなしでできた項目÷全項目×100」で達成率を出す。 【般化場面】 ○トイレの清掃場面 指導場面と同様とする。
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結果 |
〔ベースライン〕「黒板の粉をとる」「黒板の溝を拭く」「雑巾を洗う」の3項目(以下,「達成率の悪かった3項目」という。)についての達成率が悪く,黒板消しを窓際でパンパンとたたいたり,黒板消しで黒板を消したりするだけで3項目の作業をとばす傾向にあった。 〔指導手続き1〕手順書に沿った作業はしたものの,チェックを忘れて次項目の終了と同時にチェックを行ったり,プロンプトの後にチェックを行ったりした項目があった。ベースラインで「達成率の悪かった3項目」については,作業をとばしたにもかかわらず次項目と一緒にまとめてチェックする傾向にあった。 〔指導手続き2〕ベースラインや指導手続き1で「達成率の悪かった3項目」について,指導手続き2の開始直前とその前日に手順の説明を行った。説明を行った時のみ達成率が100%となったが,説明をしなかった時は作業をしないで次項目と同時に作業終了のチェックを行った。 〔指導手続き3〕指導手続き1および2において「達成率の悪かった3項目」は,手順書の順番を7,8,9項目に移動した。清掃作業の流れを再確認した上で作業を行ったが,作業をしていないのに次項目と同時にまとめて作業終了のチェックを行った。 〔指導手続き4〕指導手続き3までに「達成率の悪かった3項目」について作業をとばす理由を聞いたところ,「汚れていないのでしなくて良いと思った。」との回答が返ってきた。その為,汚れていなくてしなくて良いと思ったときは,斜線を入れるように指導した。説明初日は達成率が100%となったが,その後はチェックを忘れて次項目と同時にチェックを行ったり,作業が終わっていないのに「できました。」と報告を行ったりすることがあった。
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考察 |
○指導場面から明らかになったこと ・活動の仕方がわかりにくい項目については,自分なりのやり方で済ませたり,作業を行わなかったりして,手順書にチェックをする傾向にあった。 ・直前に口頭にて説明を行った作業については達成率が100%になるが,翌日以降の達成率100%の維持は難しい。作業直前に出された指示通りには動けるものの,記憶の保持が困難な本生徒にとって,今回使用した手順書の内容では,自立的な作業を補うものとなっていない。 ・短期記憶に困難を示す本生徒が一人で作業をする手立てとして手順書の活用を考えたが,本生徒が決められた作業をするための手立てとして今回の手順書が活用されていなかった。その理由として,\x{2460}項目数(10項目)が多すぎたこと。\x{2461}全行程の終了に時間を要した(30分程度)こと。\x{2462}項目ごとのできあがりの基準が明確でなかったこと。の3点が挙げられる。 ○今後の課題 今回の事例研究より,本生徒の実態をより詳しく把握する必要があると考え,心理検査(WISC−\x{2162}(VIQ=56,PIQ=44,FIQ=45),K−ABC)を行った。その後,学部の教師間の共通理解や指導の一貫性保持のため,心理検査に基づいた事例検討を行った結果,本生徒の未習熟の部分が明らかとなり,今後の具体的な指導方法についても討議を行った。指導場面においては,優先順位を決めた上で短いスパンで達成感の持てる課題を提示していくことや,一つ一つ丁寧に繰り返していくことが必要であり,それらの指導の積み重ねが本生徒のスキルアップへとつながると考えられた。また,落ち込みの大きい部分については,それを補完できるジグを開発していくことも必要であると考えられた。 今後の手順書の指導においては、10分程度で全行程が終了し,項目ごとのできあがりが明確な作業を設定し,5項目程度から取り組んでいきたい。そして,徐々に項目数や活動時間を増やしていくことで,手順書の活用が定着していくと考えられる。 これらの取り組みが,社会生活や労働における本生徒の自立的な活動へとつながっていくと思われる。
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