概 要 |
・木片を用いて移動距離の短い場所への自立的な移動ができるようになっている自閉症生徒を対象とした。 ・靴箱への移動を表す木片を用い、2階の教室から1階の靴箱への自立的な移動を指導した。 ・木片の使用は、対象生徒の自立的な行動の獲得に効果があった。移動中の逸脱防止には、直接的な効果はみられなかった。
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諸検査結果 |
太田のStage\x{2160}-3
新版S- M式社会生活能力検査(2003.4.15) 身辺自立2-6,移動2-4,作業3-3,意志交換2-5,集団参加1-10 自己統制1-8 (社会生活年齢2-4)
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長期目標 |
具体物を用いたスケジュールに従って行動できる。
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短期目標 |
スケジュールの直前提示によって、靴箱への移動が一人でできる。
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指導目標(標的行動とこれを選んだ理由) |
標的行動:長方形の木片を持って、靴箱への移動が一人でできる。
これを選んだ理由: ・本生徒は、丸、円筒、三角、四角の形をした木片を用いたスケジュールを理解し、トランジッションエリア、遊びエリア、学習エリア、トイレ等、移動距離が短い場所への自立的な移動ができるようになってきている。 ・2階の教室から1階の玄関への自立的な移動はまだ確立できておらず、教師が連れて行っている。 ・本生徒は注意の転導性が強いため、玄関にたどり着くまでに、図書室の本や倉庫のドア等に注意が引かれ、逸脱することもある。 ・現場実習でも、靴箱へのスムーズな移動が課題となっていた。 ・パズルを靴箱に設置して移動場所をわかりやすくすることができるだろう。 ・木片を持つことによって注意の転導を防ぎ、靴箱への自立的な移動を確立させたい。 ・現場実習場面にも般化できるようにしていきたい。
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指導目標に関する対象児の実態(ベースライン) |
・靴を履き替える必要のある場面では、教師が常に付き添って移動している。
・移動場所を伝えるために現在使っている方法は、言語指示と身体的ガイダンスのみ。
・靴箱への移動場面のうち、下校時だけは、かばんを背負うことにより自発的に玄関に向かうことができるが、図書室の本(破ろうとする)等に注意が引かれて逸脱することがある。
・トランジッションエリアへの移動はプロンプトなしでできるようになっている。
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般化場面 |
(1)運動場へ行く場面 (2)セメント室へ行く場面 (3)その他、靴の履き替えを必要とする場面
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指導手続 |
(1)トランジシッションエリアに、長方形の木片を置く。 (2)トランジッション用の木片(丸)を本生徒に渡す。 (3)トランジッションエリアで自分で木片(長方形)を持つのを5秒間待つ。 (4)自分で持たなければ、指さしプロンプトを出す。(5)指さしプロンプトで持てなければ、身体的ガイダンスで誘導する。 (6)対象生徒が木片を手にしたら、靴箱へ誘導する。(7)靴箱の枠を指さす。 (8)指さしで枠に入れられなければ、手を添えて誘導する。 (9)(4)〜(8)のプロンプトは徐々にフェイドアウトしていく。
条件1:色の付いていない木片 条件2:色の付いた木片 条件3:人の少ない環境での移動 条件4:枠の置き場所変更(人がいても隠されない場所=靴箱の側面) 条件5:枠の置き場所変更(元の場所=靴箱のドア)
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達成基準 |
プロンプトなしで移動できる日が5日間続いたら達成とする。
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記録の取り方(般化場面と指導場面) |
指導場面: ・以下の各段階ごとに、一人でできたか(○)、プロンプトが必要だったか(×)を記録する。
(1)木片を持つ。 (2)逸脱しないで靴箱へ行く。 (3)木片を枠に入れる。
・全段階を通しての自発頻度を%で表す。 ・(1)段階と(3)段階を合わせた自発頻度を%で表す(木片を使えたかどうか)。 ・(2)段階での逸脱の回数を記録する(移動中の逸脱があったか)。
般化場面:指導場面で達成後、指導場面と同様の記録を取る。
グラフ 第一系列のタイトル: (1)〜(3)段階の自発頻度 Baseline: ベースライン Intervention1: 条件1 Intervention2: 条件2 Intervention3: 条件3 Intervention4: 条件4 Intervention5: 条件5 第二系列のタイトル: (1)+(3)段階の自発頻度 Baseline: ベースライン Intervention1: 条件1 Intervention2: 条件2 Intervention3: 条件3 Intervention4: 条件4 Intervention5: 条件5
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指導期間 |
2004年10月18日 〜2004年12月20日
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結果 |
条件1:色の付いていない木片 ・(1)段階と(3)段階には、プロンプトが必要だった。 ・移動中の逸脱はなかった。
条件2:色の付いた木片 ・始めに(3)段階での正反応が出始め、続いて(1)段階も自発できるようになった。 ・条件2での指導開始後6日目から、(1)+(3)段階の自発率100%が5日以上続いた。 ・段階(2)は達成できなかった。木片を投げる、逆の方向へ行く、靴箱を通り過ぎるなどして修正されたときは、周りに人が多くて混雑しているときが多かった。人が少ない環境での移動のときにはスムーズに移動できていた。
条件3:人の少ない環境での移動 ・全段階を通しての自発率100%の日が多くなってきた。移動中の逸脱がみられなくなってきた。 ・廊下で教師に会って話しかけられる、靴箱で他の児童がいて自分の靴箱が見えない(あるいは前に進みにくい)等のときに、玄関と違う方向へ走り出したり靴箱を通り過ぎたりしてしまうことがあった。
条件4:枠の置き場所変更(人がいても隠されない場所) ・枠の置き場所が変わったため、パズルの完成に指さしプロンプトを要した。 ・自分の靴箱の場所がわからなくなり、指さしで教えた。靴箱のドアを開けた後すぐに靴の履き替えができず、言語指示が必要だった。
条件5:枠の置き場所変更(元の場所=靴箱のドア) ・6日間のうち、自発率100%の日は5日間であった。 ・移動中の逸脱はなかった。 ・玄関まで行ったものの、手に持った木片をじっと眺めながら、靴箱を通り過ぎてしまったことが1回あった。
般化場面:1月より指導予定
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考察 |
(1)スケジュールを提示する方法として木片を使用したことの効果 条件4(枠の設置場所変更)において、対象生徒は、自分の靴箱がわからなくなった。条件5で元の場所に戻すと、自分で靴箱を開けることができた。このことから、靴箱のドアに設置した枠が、自分の靴箱の目印として機能するようになったことがわかる。指導前は、靴箱を開けるのに教師の指示を必要とすることが多かったが、枠に木片を入れてパズルを完成することによって、指示されなくても自分でドアを開けて靴の履き替えができるようになった。黄色い木片の使用は、自分の靴箱をはっきりと示し、その後の靴の履き替えという行動を促す効果があったといえる。
(2)移動中の逸脱を防ぐ手だてについて 指導開始前は、木片を持つことによって注意の転導を防ぎ、逸脱なく移動できるだろうという仮説を持っていた。しかし、木片そのものは逸脱の防止に直接効果はみられず、それよりも、周りの人の影響が大きかった。人が少なく、教師の言葉かけもない環境で移動させると、2階から1階の玄関までの移動中の逸脱が少なくなった。対象生徒の自立的な移動を促進するためには、木片の使用と共に、移動中の環境要因を検討することも必要であると思われる。
(3)今後の指導について ・対象生徒は、移動中に人に出会うと、注意喚起と思われる言葉を自分から発して逸脱することがある。今後は、木片の「移動中です。話しかけないでください」の表示によって逸脱を防ぐという手だても考えられるだろう。 ・般化場面も含めて指導を継続し、自立的な行動を獲得させるための効果的な支援方法を検討していきたい。
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